驕れるものと空の安全・・・

JALの123便が墜落してもう32年も経ったんだなということを8月12日に感じました。
僕が中学校1年生の頃の事故で、祖父母の家で歌番組を見ていたらニュース速報が飛び込んできたのを今でも覚えています。
この形容のしようがないほど酷い事故があってから、日本の空では人が亡くなるような事故は幸いなことに起きていません。会社を越えて業界全体で空の安全を守りたいと言う不断の努力があってこそだと思います。
そんななかで、あの事故と同じに日、同じ時間、同じ目的地で、場所は違いますが予圧の減少という同じ要因でトラブルが起こったのはただ単に偶然では済ませられない怖さを感じました。
羽田に緊急着陸出来て無事に戻ってこれたのは本当に良かったと思います。
ここのことろ頻度が落ちましたが、今年前半は結構な頻度で飛行機の搭乗機会があったのでいろんな経験が出来ました。
関空で野宿するハメにもなりましたし・・・
基本的にはANA利用なのですが、JALにも数回搭乗する機会がありました。そこで感じたのが、業界で一番大きくなると、意識せずとも驕りが生じてくるんだろうなということ。
具体的にどうと言うわけではなく、ちょっとしたことでそういう雰囲気を感じることがここのところ少なくありません。逆にかつて盟主だった会社は今は挑戦者の立場であり、これからまた盛り上げていこうと言う気概を感じます。
僕の個人的な感覚だから、人によれば違うことを感じられるかもしれません。

僕の身近に生き方がとても素敵だと思って尊敬している友人がいるのですが、取り巻く環境が変化したことで、今流行の言葉で言うとやたらマウンティングし始めたり、居丈高で傲岸不遜に変わってしまった残念な人がいます。もう聞く耳を持ってくれないので、本人には届かないのですが、本質は変わっていないと信じたいと思います・・・
人って忘れることができるから悲しいことや辛いことを乗り越えていけるんだろうけれど、残念ながら謙虚さも忘れてしまって傲慢に振る舞い同じ過ちを繰り返してもしまします。
空の安全も、僕が大切だと思っている友人も、「実る程垂れる稲穂の稲穂」であって欲しいと切に願うばかりです。

Kazu について

飛行機のこと、音楽のこと、京都のこと・・・ 毎日の生活を備忘録代わりに綴っています! たまに毒を吐くこともあります・・・
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