人生ってあっけない

義兄の訃報から1週間余り経ちました。
ここ2年程闘病生活を送っており、昨年末にお見舞いに伺いました。
その時は、早く退院したくてというお話をしていたように記憶しています。
今年に入って退院し、念願の社会復帰も果たし、いろいろと大変だろうけれど良かったと思っていました。
それが、GW明けに症状が思わしくなく緊急入院し手術になったという報が飛び込んできました。無事に手術が終わったと聞いて一安心したのも束の間。
一晩は越して帰らぬ人になってしまわれました。あまりにも突然のことで状況が呑み込めない自分がいました。
結果的に昨年末のお見舞いが直接お話をした最後の機会となりました。
このGWにBBQのお誘いを受けたのですが、都合があわず僕は参加できませんでした。
後悔先に立たずということはこういうことをいうのですね…
訃報を聞いて直ぐに駆けつけたかったのですが、どうしても外せない予定が入っていたため、お通夜にはお伺いできず告別式から参列する形になりました。

棺の中に今にも目を開けてしゃべりかけてこられそうな穏やかな雰囲気で安置されていました。およそ僕とは対極の優しい口調で、今にもしゃべりかけてきそうな様子すら感じました。
51歳。気力・体力ともに充実し円熟の時期に差し掛かられたころの突然の旅立ち。
間近に起こった突然の不幸ですが、ご本人は退院を強行し、社会復帰、子供たちの節目の行事をその目で見届け、ある種の決意を秘めて、納得ずくであの世に旅立ったようにも映りました。

出棺の際は人目も憚らず目を腫らしましたが、お骨拾いに伺うと不思議と冷静な自分がいて人生ってあっけないものだと考えさせられました。
生きることって楽しいことばかりじゃないし、煩悩に苛まれることが多いように思います。この訃報に接し、悩みが多ければ多いほど死ぬことってそこから開放されることを意味しているように感じ、死ぬことに対する恐怖が以前に比べて薄らいできている自分がいるのに気づきました。死の捉え方は人それぞれでしょうが、死への心構えが何とはなしに出来てきたように感じた時間にも思えました。
歳とともに考え方も変わってくるものなんでしょうかね?
大丈夫か?と思われそうですが、死は必然的に訪れるもの。
義兄から死について考える大切な機会を与えてもらえた気分でした。
ご冥福をお祈り申し上げるとともに、安らかにという気持ちです。

Kazu について

飛行機のこと、音楽のこと、京都のこと・・・ 毎日の生活を備忘録代わりに綴っています! たまに毒を吐くこともあります・・・
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